ヒトの命の価値は算定ができない
もともと「ヒトの命の価値」には決まった金額がないので、火災保険や自動車保険のように、失われた価値を算出してその分を補填するという発想が使えません。
そのため、生命保険契約においては、まずはどのくらいの保障額であって欲しいかを保険の加入者が選択します。全く必要のない人は生命保険に入りませんし、めいいっぱいかけたい人は複数加入したりします。
しかし、通常は生命保険契約において死亡時に支払われる保障額には上限があります。それはなぜなのでしょうか。
一般には、高額すぎる場合、知人や親族による生命保険目当ての事件が増加する懸念があること、そもそも生命保険は残された遺族に対する見舞金のような性質があるので、過剰である必要がないことなどが挙げられるようです。
高額生命保険を実現するプレミアムファイナンスとは
プレミアムファイナンス(Premium Finance)という呼び名は生命保険料(Premium)に相当する金額をプライベートバンクが貸し出し(Finance)するところに由来しています。スキームとしてやや複雑なので、具体的に考えてみましょう。
まずは3億円を予算としてみます。
通常は、3億円を保険料(プレミアム)として保険会社に支払うことで5億円の死亡保障を得られると考えます。
プレミアムファイナンスの場合、まずはこの3億円をプライベートバンクに預けます。プライベートバンクは3億円の預かり資産がありますので、この顧客に対して3億円のローンを組むことができます。
顧客はその3億円の借入金を用いて3億円分の生命保険を購入するのです。そうすると、顧客は3億円分の生命保険証券を保有していますが、これに対して掛け目70%の担保としてさらに5億円×0.7=3.5億円のローンを組むことが可能です。これを繰り返すことで、予算3億円に対し、例えば10億円の死亡保障を得ることが可能ですね。
これがプレミアムファイナンスのからくりです。
なぜこんなまどろっこしいことをするかというと、一番は相続税対策です。
富裕層の場合、資産額が大きいので、相続税も大きくなります。相続税をいかに抑えるかという対策は一般的ですが、一方で
相続税をしっかり納めた上で資産を目減りさせないという対策
も有効で、プレミアムファイナンスの場合は後者です。10億円の死亡保障でもって、ローンを返済し、相続税を支払い、その上でもともとの資産であった3億円をそのまま残すことを考えるということです。
プレミアムファイナンスを組むリスクとは
以上のような単純化した話で、なんだかおトクな仕組みだと思った人は要注意で、プレミアムファイナンスにはそれなりのリスクが伴います。
運用リターン>借入金利 が必要
プレミアムファイナンスはレバレッジをかける行為です。
例えばローン金利が3%だったとしたら、先ほどの例だと、借入を行った3億円分は金利支払いが発生します。これはマイナスです。もちろんこれを経費と考えることもできますが、一般的には資産運用でもって相殺することを提案されるでしょう。
例えば、3億円分のハイイールド債のポートフォリオを組むとします。運用リターンが8%であったならば、ネットで2%がリターンになりますから、プレミアムファイナンスで借入をしていたとしてもトントンですね。あれ?ネットで5%のリターンじゃないの?という人は要注意です。
運用額が3億円であるのに対し、借入総額は6億円ですから、ローン金利は2倍(3%×2)で考える必要があります。ただ、もともとの3億円をそのまま保険料として支払っていた場合は、このプラス分すらなくなってしまい、そして死亡保障も少ないということになります。
貸し剥がしが起こらないことが必要
プレミアムファイナンスのスキームにおいては、始まりの予算3億円はいわば担保です。担保といっても運用はできるのがポイントですが、担保である以上、運用リターンがマイナスになって担保が足りなくなってはいけません。
あるいは借入金利が変動金利であったとしたら、金利上昇により支払いができなくなってもいけません。銀行は担保があって初めてローンを継続できるので支払余力がなくなったと判断すれば、即座に貸し剥がしに動いてきます。
レバレッジをかけている以上仕方ないのですが、プレミアムファイナンスの予算以外にも資産を確保したり、あるいはリスクを取りすぎてスキームとして窮屈にならないように十分バッファーを持っている必要があります。
プレミアムファイナンスを提供できる業者
プレミアムファイナンスの提供にあたっては、プライベートバンク、生命保険会社、生命保険仲介販売業者の3者が必要です。
プレミアムファイナンスの建て付けとしては、顧客が高額生命保険への加入意思を持っていることがスタート地点になります。プライベートバンクは生命保険の勧誘をするライセンスを持っていないので、顧客に対して生命保険を勧めてはいけません。自行でローンを組むことを前提に、プレミアムファイナンスを提案すること自体が実はアウトなのです。
一方、生命保険会社の場合、生命保険単独の販売はできますが、プライベートバンクとのリレーションは持っていません。そこで登場するのが生命保険販売仲介業者、つまりブローカーです。一般にはこのブローカーを独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)と呼びますが、彼らはプライベートバンクとは外部運用管理契約(External Asset Management, EAM)を結んでいますので、生命保険の販売と同時にプライベートバンクのアレンジメントが唯一できる立場にあるのです。かといって全てのIFAがEAMを結んでいるわけではないので、数少ないIFAにアクセスする必要があります。
業者のカモにならないことは大事
ここまで読んでくると、提供できる業者は少ないことが分かっていただけたでしょうか。一方で、提供している各プレーヤーからすると、ビジネスとして非常に“美味しい”取引であることも把握しておくことが大事です。
死なない人はいませんから、生命保険で確実に返済があるローンは、プライベートバンクとしては是非ともやりたい取引です。また、保険会社としても通常以上に大きな契約が一発で取れます。生命保険仲介販売業者としても、同じく取引の規模が大きくなるので、コミッションが大きく逃したくない顧客になります。また、ポートフォリオの管理においても管理手数料を取ることが可能なので、二度美味しいのです。
業者にとっての販売インセンティブが大きいことが必ずしも顧客の利益にそぐうわけではありませんが、プレミアムファイナンスにリスクがないわけではありませんから、過剰なリスクテイクとならないように、顧客の側が意識しておかなければならないのです。信頼できる業者に出会うことができたなら、プレミアムファイナンスは魅力的な手法にはなるでしょう。