プライベートバンクでの脱税ほう助はどう取り扱われるのか

プライベートバンカーによる脱税ほう助の内部告発

プライベートバンクには厳格な秘密保持義務があります。それに対して、プライベートバンカーが脱税ほう助の内部告発を行なった場合はどうなるのでしょうか。一見すると、秘密保持義務違反となりそうですが、これに対する一つの興味深い判決が存在します。

スイスのプライベートバンク、ジュリアス・ベアでケイマン諸島支店長を務めたルドルフ・エルマー氏の告発です。エルマー氏は2002年にジュリアス・ベアを解雇された後、同行に対して脅迫を行った上で、その後、顧客情報を税務当局へ送りつけたり、ウィキリークスに告発したりました。

この裁判において注目を浴びたのは、「スイスの秘密法は対象がスイス国外にいる場合に適用されないことを認めた」ことです。ただし、エルマー氏自身は脅迫や文書偽造などの罪で懲役刑を受けてはいます。

プライベートバンクは外国の税務当局に対し顧客の口座情報を漏らしても良いのか

先述のとおり、秘密保持義務違反とならない例があったことは事実ですが、基本的には、プライベートバンカー個人の判断で外国の税務当局に顧客の口座情報の開示を行うことはあってはなりません。

これはスイスの場合、スイス銀行法にも定められる内容です。外国の税務当局もそういったアプローチは取らず、正式に情報開示を求めるプロセスを経ることとなっています。

したがって、正式なプロセスに基づかない情報開示に応える義務はないと言えるでしょう。加えて、開示請求がなかったものを外国の税務当局に送りつける、といった行為もやはり秘密保持義務違反であることは言うまでもありません。

プライベートバンカーによる脱税ほう助行為の例

HSBCのスイス部門は、2000〜2010年の間に、米市民が海外の資産と収入を米税務当局から隠し、脱税し、虚偽の連邦納税申告書を内国歳入庁(IRS)に提出するのを助けた」とされ、資産隠しの事実があったことを認めました。

スイス大手BSIでは、いわゆるナンバー口座を開設させ、名前を隠したクレジットカードやデビッドカードを発行したり、メールでは暗号文を用いたりすることで資金取引を個人に紐づかないようにしていたそうです。

2016年、スイスのプライベートバンクであるユニオン・バンケール・プリべ(UBP)では、米国人顧客が5,000万ドルを上回る価値の金の延べ棒を持ち出し、資産隠しをするのを手助けしたとされ、米司法当局からの訴追回避のための支払いを行いました。

スイスのプライベートバンキング部門の大手であるUBSの場合、2000〜2007年の間に観光旅行を名目としてスイスから米国に行員を送り込み、米国人にスイス口座を利用した脱税を積極的に提案していたことが発覚しました。結果として、UBSは司法取引に応じ、罰金を支払うことで和解しました。同じくクレディ・スイスの場合、2014年5月に「米国人顧客の脱税を意図的にほう助した」と有罪を認め、罰金を支払うことを発表しました。

一連の動きを受け、スイスは銀行の守秘義務について見直しを行い、2009年3月の閣議決定にて、租税詐欺だけでなく租税回避の場合でも、口座情報を他国の税務当局に提供できることとしています。

プライベートバンク利用者による脱税行為

納税はプライベートバンク利用者本人の義務です。

したがって、プライベートバンク側は脱税により摘発されるのではなく、脱税ほう助により摘発されることになります。ただし、内容が脱税ではなくマネーロンダリングであった場合、その罪はさらに重くなります。

かつて起こった脱税ほう助は結果として、意図せず起こったものではなく、プライベートバンク側が意図的に顧客に対して脱税を促すようなものであったことが問題の根っこの深いところです。本来は顧客に対し、脱税にならないような取り組みを推奨すべき銀行側が、脱税をわざわざ誘発することを行ってしまった、このことが取り沙汰されたわけです。

米司法当局と内国歳入庁(IRS)からのタックス・ヘイブンへの圧力

プライベートバンクでの脱税ほう助に関しては様々な事例が展開されますが、最も多いのは米国とのやりとりだと言われています。最も重要なプレイヤーは米司法当局であり、それに連なる形で内国歳入庁(IRS)や米連邦準備銀行(FRB)などが登場します。

つまり、タックス・ヘイブンへの圧力の発端は税務当局にあるにせよ、その捜査を行うのが米司法当局である以上、それは国際的な問題の領域、すなわち外交レベルの問題に到達しているわけです。

そうなってくると、プライベートバンクのCEOたちですらそこまでの力を持つことができず、最後には強国にひれ伏さざるを得ないという実態があります。

アメリカ国内により多くの資産が留まることを意図

もちろんタックス・ヘイブンへの圧力は米当局だけではないのですが、アメリカが最も力を入れている、というのは事実でしょう。

それは、脱税行為を摘発することで回収できる税収も大事なのですが、こうした圧力を通じ、最終的にはアメリカ国内により多くの資産が回帰し、そして留まることを目指している、というのが大筋でしょう。

アメリカ国内にさえ留まっていれば、もちろん課税負担を減らすことで優遇したり、あるいは増やすことで資産課税をしたり、といったことが容易になるからです。世界最大の経済大国であり、そして資産大国であり続けることがアメリカの目指す姿なのです。