アジアの国際金融センター動向

香港デモと国家安全法の行方

1989年の天安門事件から数えること30年、2019年の香港では百万人デモが繰り広げられ、「一国二制度」の未来を懸念して若者が立ち上がりました。長引くデモに対し、香港の金融街も賛否へ分裂する事態となりました。

過激化したデモの姿、警察による催涙弾での応酬は世界に発信されました。香港国際空港は一時閉鎖に追い込まれ、そして警察の軍事化にまで至ったことは事態の先鋭化を表しました。香港の民主化運動は「最後の戦い」を掲げ、そして2020年の立法会選挙に向かって一直線です。

残念ながら、香港が分裂し、事業活動へ大きな影響を与えたことは疑いがありません。その上で、中国政府は2020年改めて国家安全法の制定を香港政府に求めることを全人代にて決定しました。

これは、もともと香港基本法に定められたことをなぞっただけであり、あとは香港内でどのように立法化するか、という点に委ねられています。一度挫折した取り組みがどのように進められるか、2020年の香港政府の大仕事であることは言うまでもありません。

香港からシンガポールへの資金移転は起こったか

香港における社会不安から、アジアの国際金融センターとしての地位が揺らぎ、富裕層を中心とする資金流出が起こるのではとという報道は度々見られます。実際、プライベートバンクにはシンガポールへの資金移転の可能性に関する問い合わせが相次ぎ、事業についてもシンガポールへの移転の可能性を探る企業は増えた、というのは事実のようです。

ただ、現実にはそれは”検討”であって、さほど”実現”はしていないのかもしれません。シンガポールへの資金流入があったと指摘する声もありましたが、シンガポール金融当局はそれを明確に否定しています。

MAS’s Response to Queries on Fund Flows – Monetary Authority of Singapore

香港の国際金融センターとしての地位は揺るぐのか

香港デモや国家安全法を巡る報道は、感情に訴えかけるものが多く、事実関係について明確に述べていないものが見受けられます。事実はこうだと思われます。

1 全人代での”香港の”国家安全法に関する内容は香港基本法をなぞるものでしかない

2 香港デモは一部で極度の過激化が見られ、国家転覆を試みるテロ勢力が含まれる可能性を実際に否定しきれなかった

3 中国政府も香港政府もこれまでは香港法律の範囲内でギリギリの対応を試みてきた

4 中国政府は一国二制度を否定しているわけではない

5 中国政府は民主的活動について否定しているわけではないが、国家転覆(独立)を容認はできない

つまり、香港政府におけるテロ組織への対応をする法律的根拠がないことは「法の穴」として認識されており、すぐにでも解決したいと考えているのですが、それが「高度の自治」の話と線引きし難い、と言う構造的問題を抱えています。

これまでのところ、中国政府は一国二制度を守ることを大事に思ってはいるし、国際金融センターとしての香港を支持することは表明しています。ただ、国を守るという点はその上位に存在はしている、といったニュアンスかと思います。

米中貿易戦争が続く中で、香港は米国での株式市場上場を断念する中国企業の受け皿となることが期待されていますし、効率的な金融制度の中で、アジアの富裕層を惹きつけ続けることにさほど違和感はないように思います。

ただ、社会不安が企業活動の重しにならないかというとそうではないので、2020年をどう乗り切るかが、香港という土地で働くビジネスマンとそしてその家族にとっての注目であることはいうまでもありません。

また、大規模な金融緩和の中で、米ドルが弱くなっている一方で、香港ドルは高止まりを継続しており、当局の7.75の水準維持のため香港ドル売り米ドル買いの為替介入が続いています。にも関わらず、1年のUSD/HKDのボラティリティオプションでは、7.85の水準をストライクに設定する取引がかなり取引されており、安価な賭けとしてヘッジファンドが香港ドル安による米ドルペッグ制の崩壊を想定していることが伺えます。

国際金融センターとしての東京は漁夫の利を得る可能性

アジアの国際金融センターの一角として東京はしばしば引き合いに出されますが、それとは裏腹に東京は第一位への道は遠いと言われてきました。一つには、欧米のコモンローの法律制度と異なること、二つ目には、効率的な税制が存在しないことが挙げられます。これらは日本という生活の質を考慮したとしても足りない要素なのです。

ただ、香港の社会不安を横目に東京は国際金融センターとしてニューヨーク、ロンドンに次ぐ第3位へと浮上しました。アジアでは第1位ですね。総合点として評価される可能性を高めているのです。ひょっとしたら相対的な魅力を高めることで東京はアジアの国際金融センターとして開花することができるのかもしれません。ただ、東京はタックスヘイブンではありませんので、ここに大きなハードルがあります。

国際金融センターランキング 東京が世界第3位 – 東京都

極端なシナリオでは富裕層の資金はアジアで行き場を失うことが想定される

仮に香港が極めて悲観的なシナリオに落ち着いたとして、富裕層の資金がシンガポールに向かったとしましょう。

これは一時的な解決策として機能する可能性はありますが、シンガポール一択になってしまったとしたら残念ながら安定感はありません。シンガポールは「明るい北朝鮮」とも言われていますし、近年は国民重視の政策が多く、単に富裕層だからといって積極的に受け入れる時代に終わりは間近かもしれません。

逃げる資金はさらに逃げる

では次はどこに逃げればいいのか、その答えは残念ながらアジアにはありません。そもそも政局不安でもって資金逃避を行う行為自体が限界を伴っているのであり、そうであれば、そもそもアジアという軸をはじめから外してしまい、スイスやオフショア地域(マン島など)で管理する、という選択肢を考えてしまう方が自然なのかもしれません。

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