お金を持っている人はそれ以上儲けたいと果たして思うのか、そういう疑問を持つ人は少なくありません。一方、現実に資産を多く持ったときに感じるのは“資産を守る”ことの難しさです。今回は、資産を1億米ドル(約100億円)ほど保有する富裕層の思考を追いかけてみましょう。
資産の成り立ち
資産は湧き水のように湧いてくるわけではありません。資産には築き上げられた歴史が必ずあります。その歴史はその資産が今後どのように歩むかもまた規定していくことがあります。
Aさんは年齢45歳、若くして創立した会社を一代で育て上げましたが、売却をすることに決め、代表からも降りました。創立した当初は大した資金もありませんでしたが、外からの投資資金は頑なに拒み、数少ないメンバーでコツコツと実績を積み上げていきました。
家族のようだった会社にはいつしか様々な人が働くようになり、嬉しく思うと同時に、少し親しみが薄れていきました。現在は新しく事業を1からスタートさせる一方、売却で生まれた資産は全世界に投資することにしています。
売却後の資産の使い途は明確ではない
Aさんの場合、起業家精神が強く、会社の事業拡大に全力を注いできた結果、築き上げられた資産になります。一度引退はしたものの、隠居生活をしたいわけでもなく、資産の使い途に明確なものが思い浮かぶわけではありません。むしろ、改めて小さな会社からスタートして、また仲間とともに、でも次はもっとこじんまりと仕事をしていたい、そんな思いの方が勝っています。今すぐに使う資産ではないので、正直何もしなくてもいいくらいですが、せっかくなら運用には回しておきたいと考えます。
鉄壁の資産運用術
Aさんが考えたのは、減らさない=守る資産運用です。確かに、1億米ドルもあればいくつかのプライベートバンクに預けることができ、富裕層にしかできな資産を“増やす”運用方法も提案されることでしょう。しかし、増やす運用はリスクも高く、本業に支障をきたすほどに気になることもあるかもしれません。
Aさんが決めたルールは、複数の金融機関に分散して資産を預け、完全に投資一任を行うことで、運用成績をシビアに見るということです。運用のストラテジーに関する説明がいかなるもので、それに対する運用結果がどのように実現したか、そして次期の利益や損失のイメージが持てたかどうかを重視します。少しでも違和感があり、そして運用結果が伴っていないものは容赦なく切り捨てることにします。
最も優秀な金融機関を探すことも目的としていないので、結果として様々な運用戦略に分散した結果、大きなリターンは望めませんが、より確実に資産は守られ、そして例えば2%程度のわずかなリターンは確保されます。
具体的な運用のストラテジー
各金融機関に与える裁量が投資一任とはいえ、何でも良いと言うわけでもありません。横並びで比較ができること、そして資産の流動性を考えて、原則米ドル建てでの運用を行います。また、資金の置き場所も可能な限り分散し、スイス、シンガポール、香港など様々な場所を利用します。守りの資産運用を目指すこと以外は各担当者に任せ、投資の指示は出しません。
自分でやりたいと思う運用に関しては、趣味の領域で自ら実践し、各金融機関からの運用報告をきちんと理解できるくらいには金融市場をチェックします。海外出張兼旅行が組めるときは自ら金融機関に足を運んで、担当者に挨拶し、運用報告を受けるのも一つの楽しみです。忙しくてウェブ面談になってしまうこともありますが、年に数回は必ず時間を取るようにしています。
攻めは最大の防御というが防御は最大の攻めでもある
資産運用においては守りを意識することが結果的には最良の結果をもたらすことがあります。もちろん守りに入ると1年で数十%のリターンを得ることは恐らくありませんが、その代わり失うこともありません。
高いリターンを得ていない投資家は優秀ではない、といった先入観を捨て、自らの運用ポリシーに従うことで最も満足度が高く、そして期待値とずれない結果を得ることができ、長期運用を続けるモチベーションになります。そして小さな運用リターンを積み重ねることが結果的に長期では最も大きな運用リターンを生み出すことになるのです。
資産防衛という考え方を知る
今回のAさんのような思考を、投資の世界では「資産防衛」と言います。
この運用方法は守るべき資産を持たないものにとっては意味が薄れる傾向があります。なぜなら、富裕層の場合、例えば預金封鎖やハイパーインフレが人生に与える影響が通常よりも大きいからです。
したがって、利益を得るためにではなく損失を最小限にするために、資産運用をする必要が出てきます。
この感覚は、銀行に預けておけば資産がなくなることがない、という安心感とはまた異なっており、つまり日常生活においては感じることのないリスクだということができるでしょう。築き上げた資産が失われないために、打てる策を打っておく、そういう資産運用術もあるのです。