昨今のグローバル化の進展により、複数の国にまたがって事業を行う人や海外に住みながらも何らかの日本との関わりを持つ人が増加しています。そのため、日本国税法において課税されるのかどうか、の論点が巻き起こるケースも合わせて発生しています。今回は、事例を見ながら考えてみたいと思います。
海外居住者なのに日本で税金を納める必要はあるか
標題から連想する最も簡単な例は、日本国内における不動産所得です。国内源泉所得であるため、日本の居住者、非居住者問わず、日本で納税の義務があります。ただし、今回はより複雑な事例について触れてみます。
事例1 海外駐在時代の資産
2008年11月に亡くなったジャーナリスト、筑紫哲也さん(享年73歳)の妻ら遺族が東京国税局の調査を受けた際、申告漏れを指摘され、大きく報道されました。
筑紫さんは朝日新聞の特派員として米国駐在時に購入したマンションの売却代金約4,000万円を海外口座に残していましたが、遺族はこれを申告せず、意図的な所得隠しを行なったと判断したものです。申告漏れは国内の資産にもあり、合計で7,000万円にものぼりました。
事例2 国外に住んでいても「居住者」の疑い
納税者が所得税法上の「居住者」に該当するか田舎を争点とし、結論として、原告が国内に「住所」を有しないため、所得税上の「居住者」に該当しないとして、納税者勝訴判決を下した事案です。(令和元年5月30日東京地裁、令和元年11月27日東京高裁)
納税者Xは日本国籍を有し、複数の日本法人と海外(シンガポール、インドネシア、アメリカ、中国)の関連法人の代表者を務めていました。そのため、1年間の滞在日数で見ても、平成21年から24年にわたって、それぞれの都市で183日以上滞在した国はありませんでした。以下は、高裁判決においても判示された点です。
《所得税法上の「居住者」の定義は、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」としている。さらに、ここでいう「住所」とは、生活の本拠、すなわちその者の生活に最も関係の深い一般的な生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に見て生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきもの解するのが相当である。(中略)そして、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断するのが相当である。》
この総合的な考慮にあたっては、例えば妻らが生活の便宜や子の教育上の配慮から日本に居住していたこと、またそれにより日本国内の資産が大きかったこと、あるいは本人の便宜上のため住民票を日本に残していたこと、などは「生活の本拠が日本にあったことを積極的に裏付けるものではない」としたことにも触れています。
かつて海外資産は確かに野放しだった
日本人の海外資産が膨らんだのは、バブル経済期とその後の国内低金利環境が大きなドライバーとなったと考えられています。海外駐在も増え、国外に金融口座を持つ人も増加しました。実際、国外に移転してしまった資産は日本の税務当局が実態把握をすることは少し前までは確かに難しかったのです。
もちろん海外資産を持つことが悪いわけでも、不自然なわけでもありませんが、海外への投資活動が盛んになるにつれて、税務申告そのものも複雑になりますし、一部がこうした税務当局の様子を見て“脱税”という動機を持っている可能性が指摘されていました。
申告漏れは意図的でないケースももちろんある
そもそも税務申告を隅から隅まで完璧に、という人は決して多くありません。調査労力から考えても税務当局としても重箱の隅をつつくようなことを想定しているわけではないでしょう。ただ、大きなお金の流れがあったのに、申告がなかったとすればそれは意図的であるというケースが大半です。
ただし、先述のように海外への投資活動は一般的になりましたし、それを専門にする業者もそれなりにいます。結果として、どのように税務申告をすべきかという税務面での専門的なアドバイスを受けないままに、海外資産を持つケースも少なくありませんから、申告漏れが意図的でないケースもある、とは考えられます。
アメリカとOECDは別の動きをしているように見える
アメリカの場合、FATCA(外国口座税務コンプライアンス法、通称ファトカ)を国内法として導入しており、米国民と米国在住で米国に納税義務のある外国人の海外金融口座情報を取得しています。
一方、日本はOECD加盟国によって行われるCRS(共通報告基準、通称シーアールエス)によって、日本居住者のCRS参加国での海外金融口座を取得することができます。
一見すると、日本の税務当局に見えない海外金融口座情報があるとすれば、①アメリカに資産を持つ、②CRS未参加国に資産を持つ、となりますが、②はともかく、①に関しては日米租税条約等により個別に情報を取得することは恐らく可能であると考えられます。
海外資産を持つ富裕層に決定的に欠けている視点
これは「ご自身が明日死んだとしたらどうなるか」という視点です。
もちろん、海外資産を持てば、ご自身が生きている期間において、どのような処理が必要か、制度上どのように扱われ、どこでどのように税金がかかるか、といったことは入念に計画をします。それはそれで海外投資の入口から出口を完璧に押さえているように思えます。
ただ、自らの死という想定をおいている人は残念ながらほぼ皆無と言っていいのではないでしょうか。一方で、海外資産(だけでなく国内資産も)の税務トラブルは相続なのです。
プライベートバンカーなども死人は顧客にはなりませんから、生きている顧客にしか出会うことはありません。そして、生きているあなたに何を勧めるかしか考えていません。死人に口無しですし、いつ死ぬかも分かりませんから、海外相続の複雑な事情まで踏み込んで考えたところで、思ったとおりにならないかもしれないし、稼ぎにもならず、時間が取られるだけです。
したがって、この点までカバーしてくれる担当者がいるとしたら非常に優秀な人物であるとは言えるでしょう。
海外資産だからこそ日本の税務での出口戦略を知っておくべき
日本よりも税金が安い国があることも事実ですし、そうした仕組みを利用して自らの富を蓄積、拡大、承継していくことは非常に重要なことと考えられています。
一方で、もしご自身やその家族も含め「金輪際日本と一切の縁を切って生きる」という方はほぼ皆無だと言えるでしょう。ご自身のことならともかく、家族が同じように共感して生きてくれるとは限りません。
例えば海外相続ではもちろん当地の法律のことは大事ですが、一方で日本の法律と一切関係がないか、は出口に向かってみないと分かりません。だから、もし自分に関係ないと思っても、日本における出口戦略は想定しておくべきですし、そうしたアドバイスを受けるべきであると言えるでしょう。