プライベートバンカーも一つの職業である以上、「転職」というものが存在します。もちろん「退職」もありますが、今回はプライベートバンカーが職場を変えてなお、プライベートバンカーを続けたい場合を想定してみましょう。
プライベートバンカーにとっての転職
プライベートバンカーが転職するとき、もちろんその会社からは退職することになりますが、担当していたクライアントとその会社との関係がいきなり切れる、ということは当然ながらありません。
クライアントから見れば、同じ会社の別のプライベートバンカーが新しい担当者として連絡をしてくることになります。もちろん、担当プライベートバンカーが会社を辞めるときには、クライアントにその旨を伝えることはありますが、会社によってはその機会を持つことを許さないこともあります。
さて、それが果たしてクライアントにとってよいことか、というのがまず一点あります。担当のプライベートバンカーが築き上げたクライアントとの関係性を、突然現れた新しい担当者が一夜にして複製する、というのは現実的ではないでしょう。
クライアントがまず考えることは、担当であったプライベートバンカーの新しい転職先についていくことではないでしょうか。
一人前のプライベートバンカーは、クライアント数にして50-100くらい、預り資産で言えば100-1,000億円くらいを抱えているとされます。それくらいになれば、クライアントを連れて歩くだけで所属するプライベートバンクに収益が落ちるので、どこのプライベートバンクからも引く手あまたの状態になります。同じところでより歩合を大きくするか、あるいは別のところでより待遇の良いところが見つかれば転職する、ということになります。
クライアントの積み上げがプライベートバンカーとしての高い壁
生まれたときからクライアントを抱えているわけではないので、プライベートバンカーとしての道を歩む人は、人生のいつかの時点でクライアントの積み上げを行うことになります。もちろん、新人プライベートバンカーとしてクライアントの積み上げに一から臨むこともあれば、別の職業で築き上げたクライアントとのリレーションをプライベートバンクに持ち込む人もいます。
何れにせよ、例えば最初の1年で20億円、その翌年で計50億円、といった営業目標を1円でも達成できなければ即解雇というケースが多いですから、初めからクライアントベースの見込みがある人でなければ挑む壁としては高い、ということになります。
ただ、営業の世界はどこも同じですが、ある程度のクライアントを抱え、真面目に仕事ができていれば、自然と既存のクライアントからの紹介が発生してきますから、放っておいてもクライアント数、預り資産ともに伸びていきます。高い壁を乗り越えた先にはプライベートバンカーとしての安定が待っています。
他のプライベートバンクへ転職するとき
プライベートバンカーにとってもクライアントにとっても長く同じ会社で付き合うことができるのが安心でき、最善の道であることは間違いないでしょう。ただ、様々な事情からプライベートバンカーは転職という選択をすることがあります。具体的には、
- 給与があまりに見合わない
- 提供できる商品に満足できない
- 営業ノルマに耐えきれない
- シニアバンカーとの顧客の奪い合いに悩まされる
- 会社が事業を閉鎖する
1. 給与があまりに見合わない、という点に関して、プライベートバンカーは各クライアントに対して自分がどれだけ収益を上げたか、営業費用がどれだけかかったかをざっくりと推計することができますし、多くのプライベートバンカーはそろばんを弾いています。プライベートバンカーそのものが個人事業のようなイメージになってきます。そうすると、所属する会社との間での取り分について、妥当かどうかという判断をした結果、不満があまりに大きく、昇給の見込みもなければ、「同じことをすればより稼ぎが大きい」ところへの乗り換えを考えます。
2. 提供できる商品に満足できない、という点に関して、プライベートバンカーは一義的には客寄せパンダです。クライアントが来ることがまず大事であって、その先で提供できる商品やサービスは二の次になってしまうことがあります。プライベートバンカーを支える、インベストメントカウンセラー部門やプロダクト部門などが各社で同じように整備されてはいるものの、やはりバラつきは出てきてしまいます。
もちろんクライアントないしプライベートバンカーからリクエストとしてあがってきた商品やサービスを導入することは考えられますが、ひょっとしたら叶わないかもしれません。プライベートバンカーとして提供できるサービスが会社に縛られているとしたら、転職を考えます。
3. 営業ノルマに耐えきれない、という点に関しては、個人差があるでしょう。もちろん、プライベートバンカーとして成功したければ営業ノルマをクリアすることは間違いなく成功への近道です。ただし、営業ノルマの先にどう頑張っても解雇が待っているのだと分かれば、プライベートバンカーとして続けていくために転職を選ぶしかありません。
4. シニアバンカーとの顧客の奪い合いに悩まされる、という点に関しては、通常の会社であれば、先輩は後輩に対して指導をし、成長を助けてくれることもあるでしょうが、プライベートバンク業界では弱肉強食です。
シニアバンカーがジュニアバンカーを採用するのは、シニアバンカー自身が営業チャネルが尽きかけている、あるいは営業ノルマの達成に苦労をしているとき、というケースがあり、ジュニアバンカーを育てる、と言いつつ、クライアントを吸い上げたのちは解雇をする、というケースも少なくはありません。シニアバンカーが自らの顧客に狙いを定めてきたとき、防御し続けることは大変な労力になりますから、気持ち良く仕事ができるところに転職をしたいと思うことでしょう。
⑤会社が事業を閉鎖する、という点に関しては、プライベートバンカー個人としてどうしようもないところです。閉鎖の噂が事前に流れるときもあれば、そうでないときもあります。特に外資系プライベートバンクの場合、事業そのものは儲かるから続けるのであって、より収益性の高い分野があればヒトとカネをそちらに振り向けることになります。プライベートバンク部門そのものも大きな会社の中での一つの経営戦略と経営資源に過ぎないので、用が済めばお払い箱となります。
プライベートバンク口座の場合、国ごとの金融規制に従っているので、その国の事業を閉じるからといって、他国にまで引っ張っていかれる、ということはあまりないでしょう。
クライアントによるプライベートバンクの引っ越し
さて、担当が変わってもプライベートバンクに残るクライアントもいるにはいますが、多くの場合は、プライベートバンカーの転職についていきます。ただし、これは競業規定もあるので、プライベートバンカーから積極的に顧客を勧誘することは控えるのが一般的です。
単純に、「別のところに転職することになりました」ということを伝えるくらいです。もちろん、プライベートバンク業界から去るのでないとしたら、クライアントにはついてきてもらいたい、と思うのが普通です。
ただ、これまでの担当プライベートバンカーについていくかどうかは完全にクライアントが決めるべきものなのです。転職する理由などを聞いて、クライアント自身の利益を鑑みた上で、新しい職場でのクライアントとしてまたリレーションを築いていけば全く問題はありません。
一方、転職したプライベートバンクで全く同じサービスが提供されるとは限らない、というのは先述の内容から推測できるでしょう。そう、クライアント自身の利益、という部分は引っ越し後もチェックが必要になります。もちろん、よりよりサービスを追求するための転職であった場合、顧客にとっても引っ越しは最良の選択肢になり得ます。
クライアント自身の利益に影響を与える部分としては、①提案される投資の内容が全く異なってしまう、②より手数料が取られる提案ばかりになり、資産が全く増えない、③ついいていったはずなのに担当者が変わってしまった、④事業拡大方針が一転して閉鎖になった、などが挙げられます。
プライベートバンカーの独立
転職に限りなく近いのですが、仲の良い顧客を引き連れて、独立し、ファミリーオフィスを設立するプライベートバンカーは少なくありません。そもそも仲が良いので、お互いにプレッシャーもなく、場合によっては働き方、働く場所に自由も与えられ、能力を十分に発揮する人もいます。プライベートバンカーの独立は花道であるとは言えるでしょう。
それ以外にも、プライベートバンク業界からは完全に離れる人もいます。プライベートバンカーの多くはクライアントに実業家を抱えているほか、事業に関わるあらゆるノウハウを蓄積することができるため、クライアントから引き抜かれることがあるのです。営業プレッシャーから解放されたとき真の実力を発揮する人もいるので、プライベートバンカーだからといって同じ仕事を続けることに縛られる必要はありません。