シンガポールのウェルスマネジメントは拡大するのか

シンガポールはどのような国か

シンガポールの近年のイメージは、経済発展と安定、洗練された都市、というものが定着しつつありますが、シンガポールは建国から55年程度しか経っておらず、そこまで歴史の長い国家ではありません。

建国の父リー・クアンユーが死去してからも、実質的な一党支配を続けている、「明るい北朝鮮」とも呼ばれる国です。

2020年7月10日に総選挙を無事に終え、野党が議席を伸ばしたものの、大勢に影響がないことを確認したばかりですが、現首相のリー・シェンロン氏に対し、「リー一族は政界から引退すべきだ」と一貫して主張するリー・シェンヤン氏がいるなど、お家騒動が実は存在します。

もともと、シンガポール国籍を持つ人々は「華人」と呼ばれ、中国国籍を持ちながら海外に住む「華僑」とは明確に区別されます。華人の間では、建国以来、中華系シンガポール国民というアイデンティティが育まれてきました。中国とは一線を画する、とは考えられますが、華僑の人々の実際は多く、国家としての統一感をいかに保つか、が課題となっています。

プライベートバンク業界は引き続きアジアの成長にコミット

グローバルウェルスのうち、近年はアジアの成長率が世界を牽引していますが、それに呼応する形でプライベートバンク業界もアジアでの預り資産増加のために、経営戦略を練っています。

香港の不安定さが目立つなか、明確に戦略を打ち出しているのはシンガポールとなっており、UBS、シティ、HSBCなどのグローバルなプライベートバンク、またシンガポール国内のDBSやOCBCといったプライベートバンクも人材確保に乗り出しています。

1 HSBC・シンガポールのウェルスマネジメント事業の強化

HSBCは大幅な人員拡充計画を掲げており、2023年までにリテールと富裕層プライベートバンクを合わせてフロントオフィスで約400名を採用する予定です。リレーションシップ・マネージャー(RM)と呼ばれる営業員は2019年でも100名超増加しています。RMの数で言えばUBSに次いで、アジアで第2位、それにクレディスイスが続く形となります。

2 シティバンク・シンガポールもシェア拡大を狙う

シティバンクでは市場シェア拡大を目標としており、地元での採用を拡大させています。シンガポールはグレーター・チャイナ事業を視野に入れた顧客獲得において非常に良い立地と考えられているのです。ただし、人材の需要の多さに対して、供給は追いついていないとされており、政府としても職業訓練プログラムにより人材育成に取り組んではいるものの、人材獲得競争は激しく、人材の質の低下が起こらないかどうかも懸念されます。

プライベートバンカーの人件費は高い

ウェルスマネジメント部門は「収益部門」ではありますが、伝統的に営業コストが非常に高いと言われています。なぜなら、大きな預かり資産を持つリレーションシップ・マネージャーはいわば個人事業体であり、プライベートバンクから見れば一事業に投資を行なっている状態になるからです。もちろん、人件費節約と収益性向上は至上命題でありますが、Oliver Wymanのレポートによれば、フロントオフィスだけでおよそ50%以上のコスト比率を占めています。

オフショアのウェルス・ハブとしてのシンガポールの地位向上

聞きなれない人は、国内の資産のことをオンショア・ウェルス、国外の資産のことをオフショア・ウェルスとざっくり捉えていただきたいのですが、シンガポールの場合、オフショア・ウェルスのハブとしての地位が高まっています。今後数年以内にさらに人気を高め、名実ともに世界最大のウェルス・ハブとなる可能性があります。

pwcによる調査でも、シンガポールはウェルス・ハブとして世界第1位となった割合が最も高く、香港やスイス、ロンドンなどが次いで上位にあります。ちなみに、東京は国際金融センターとしての地位向上が見られますが、オフショア・ウェルスのハブではない、という点で決定的な違いがあります。

シンガポールのウェルスマネジメントの未来は明るいか

UBSやクレディスイス、シティ、HSBC、ジュリアス・ベアなどのグローバルウェルスマネジメント会社が事業拡大を続ける中、地場のDBSやOCBC、UOBなどの銀行も成長が期待されています。

各社とも事業見通しに対しては非常に明るい傾向がありますが、これだけ競争的な環境において顧客が獲得できるかは課題の一つです。

また国策としてもこれまでは積極的であった、こういったオフショア・ウェルスの受け入れについて慎重な意見も出てくる可能性があります。シンガポール政府としては国民の生活をより重視するようになってきており、少なくとも、富裕層が移住をしてのんびり暮らす、そういった場所であり続けられるのかは分からない部分があります。

金融規制そのものも大きく変わりうる中で、顧客に求められるのは、資産の国別の分散の意識になっていくのかもしれません。